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腫瘍・スピリチュアル外来について

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この度、2009年10月1日より「腫瘍・スピリチュアル」特別外来を開設いたしました。何事にも歴史がありますので少しご説明させていただきます

哲学の一分野であった科学は約500年前から独立を始めました。科学の一分野であります医学も約250年前より徐々に進歩発展して参りました。古代、中世では病気は“つきもの”(憑依)のせいと考えられておりましたが、次第に身体の障害、心理の障害、社会的要因による障害と考えられるようになりました。病気についての理解が深まると共に、今まで病人のお世話をしていたホスピスから、病気を治す場所であるホスピタルが独立して設立されるようになりました。1857年モレルが「精神病変質論」を出版しましたが、当時の産業革命時代にアルコール中毒や梅毒が大変流行し、その病気が子孫に伝わるということを主張したものです。1957年にはチャールズ・ダーウィンが「種の起源」を発表し、強いものが生き残ると言い出しました。進化論そのものは正しかったのですが強者生存説はその後「社会的ダーウィニズム」や「民族衛生学」の考えを起こし、当時の民族主義と合わさって、ドイツではナチスが政権を奪取したときに、1933年に「遺伝病子孫予防法」を作り、精神障害者の30−40万人を強制断種し、「安楽死作戦」(T4作戦)で20万人以上の精神障害者を殺害しました。その際、多くの精神科医が精神障害者の発見に協力し、この事は今日まで人類の歴史、医学、精神医学の歴史に汚点として残っております。

又、「公務員再建法」を制定して劣等民族といわれる人々を粛清しました。ちなみに精神障害者の安楽死用ガス室は1940年、劣等民族用の安楽死用ガス室は1942年に作られております。

1930年代には心身症の概念が確立されました。「心身症とは身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する。」

1945年、世界的に大被害をもたらした第二次世界大戦が終了した。1946年、ユダヤ人精神科医で、強制収容所から30分の1の確率で生還したV・E・フランクルが「一心理学者の収容所体験」(邦訳;夜と霧)を出版し、{人間は生きる意味が見出されないと生きられない存在であり、例え自分に理解できない状況でも、どんなときでも「人生が我々に意味を問いかけている」}という逆説を発表し、科学的人間観、唯物観に問題提起し、その後彼は「ロゴセラピー」を創設、実践しました。1947年、イギリスは71%を占めていた民間精神病院を全て国有化して、精神医療の改善に取り組み始めました。1955年に抗精神病薬、クロールプロマジン、1956年に抗うつ薬イミプラミンが使用され始め、1959年には英国精神衛生法により精神障害者の在宅医療が決定されました。尚、強力な抗精神病薬であるハロペリドールは、1962に使用され始めました。

1967年にイギリスで、医療から見放された末期がん患者のお世話をする施設が聖クリストファー病院に設置され、医療を行わないので「ホスピス」と呼ばれました。このとき、痛みを取り除き、人間として扱われる患者さんは人生で最も質の高い時期を過ごすことが確認され、その中核的概念として「生きる意味;スピリチュアリティ」がシシリーソーンダース等の当時の関係者によって主張されました。1969年にダブリンで第一回自殺防止国際大会が開催されました。同年、日本では大学紛争が始まりました。大学紛争とは医学とその応用である医療制度の乖離があまりに大きいことに問題意識を持った精神科、小児科、産婦人科医が中心となった医療改革でありました。少し遅れて「たらいまわし事件」によって救急科もこれに加わりました。2009年現在、医療の危機が叫ばれていますが、精神科、小児科、産婦人科、救急科が特に大変な状況にあることは40年前と変わりません。この事は国としての医療制度の問題であることを示しているのではないでしょうか?

その後の先進国の医学、医療制度の進歩は目覚しく、日本を除く先進国では臨床心理士の資格、スピリチュアルケアワーカーの専門資格が制定され、スピリチュアルケアワーカーは入院患者60人に1人、24時間いることが一般的になっています。日本に築地国立癌センターが設立されたときは、数百人の入院患者さんがいるにもかかわらず、精神科さえも設置されませんでした。1998年から自殺者は現在まで毎年3万人を越えており、自殺者の殆どはうつ病を主とした精神障害者であり、又、2005年には精神障害者が300万人を越え、これは20年間で20倍に激増したことであり、その多くがうつ病であります。

医学、医療には書ききれないほどの変化がありましたが、2009年4月、千葉県がんセンターに「精神腫瘍科」が開設され、千葉の地でも漸く「全人医療」が始まろうとしております。私は日本緩和医療学会、日本サイコオンコロジー学会(精神腫瘍学会)、日本スピリチュアルケア学会に参加してこの方面での活動の機会を窺っておりましたが、がんセンターに精神腫瘍科が設置され、バックアップもお願い出来ると考え、この度、「腫瘍・スピリチュアル」外来を開設いたしました。最初から十分なことは出来ないと思いますし、将来は臨床心理士、スピリチュアルケアワーカーも資格として認定され、チームワークとして活動するようになるとは思います。しかしながら、先進国の共通点として、長寿命化、疾病の慢性化が進行し、2人に一人は、癌で亡くなる日本で長く悩みながら療養生活を送り、又、死に直面しながら人生を悩んでいる多くの人の存在を考えるとき、先走りすぎているとは思いますが、少しでも出来ることをやってみようと決断した次第です。当医院にも現在でも癌を患っていながら精神障害のために通院されておられる方も数十人おられます。その方々の何人かに少しでも時間を余計に割ければと念じております。

                                                                                                         2009年9月28日  日下忠文

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